ルイ・ヴィトン
ファイル:Louis-Vuitton-Paris.jpg thumb 250px パリ所在のルイ・ヴィトン本店
ルイ・ヴィトンが評価されるようになったのは、創始者であるルイ・ヴィトンが亡くなった後のことである。ヴィトンは、まず「グリ・トリアノン・キャンバス”Gris Trianon”」というトランク工場として創始された。このトランクは、灰色のキャンバス地で覆われており、とても軽量なものであった。1854年、彼はエミリー(Emilie Clemence Pariaux)と結婚、3年後の1857年には息子のジョルジュ・ヴィトン(Georges Vuitton)が生まれた。
1859年、アニエールに最初のアトリエを構える。
1860年、ヴィトンは需要に押されて規模を拡大した。1867年、ルイ・ヴィトンは世界博覧会で銅メダルを獲得。これにより、世界的な評判を得、1869年にはエジプト総督のイスマーイール・パシャが、1877年にはロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)がそれぞれ、1セットのトランクを発注した。また、当時の世界的に力を持っていたスペイン国王アルフォンソ12世からも、トランクの注文を受けた。
ポーチュラカ
『スベリヒユ』より : スベリヒユは、ナデシコ目・スベリヒユ科の植物の一種。学名 ”Portulaca oleracea” 。和名 滑りひゆ(草冠に見)。ヒユとは、小さい可愛らしい草のこと。世界の熱帯から温帯にかけて幅広く分布する多年草である。
茎は多肉質で赤色をしており、地面を這う。葉は水滴形で厚く、大きくても3cm程度しかない。なお、標本にすると植物体は黒く変色してしまう。夏に黄色の小さな花を咲かせる。
畑や荒地に自生するが、多肉植物だけに乾燥に強い。放置されたプランターなどでは、乾燥により他の雑草が枯れてしまっても、スベリヒユだけが生き残って茂っていることがままある。
しつこい雑草として嫌われるが、地域によってはおひたしなどにして食用にしている。例を挙げると山形県では「ひょう」と呼んで山菜のひとつとして八百屋で売られることがあり、干して保存食にもされた。CAM型光合成を行う多肉植物であるため液胞にリンゴ酸を蓄積して酸味があり、和名のとおりぬるぬるとした食感がある。